赤い糸は本当にあるか?

運命の出会いを「赤い糸で結ばれた」なんて呼び方をすることがあるけれども、赤い糸なんてそもそも本当にあるんだろうか?

・・・と、時々考えたりする。

私自身が割と熟考することなく、衝動的に行動してしまう人間なので「赤い糸」に限らず、自分が何かを感じた出会った人や物事には全部何らかの意味があるんだと思っている。

けれど、その「意味」って、自分にとっては一体どんなことなんだろうなと最近よく考える。

たとえば、自分にとっての「意味」を重んじた結果、良い関係だった誰かを傷つけてしまっていたんじゃないかとか。

逆に、自分の勝手な思い込みから、その出来事の「意味」を受け取れずにいたんじゃないかとか。

終わったことをどれだけ振り返っても、今更どうしようもないことなのはわかっているけれども、自分はそのときそのとき、自分のできる限りの選択をして来れたのかどうか、そんなことが妙に気になって仕方ないときがある。

赤い糸が仮にあるとして、それを赤い糸だったんだなと認識して、赤い糸にすべく、日々向き合っていけないなら、赤い糸なんかにすがりついてはいけないんじゃないのかな。

そう思えば、誰とだって赤い糸はあるし、その赤い糸を確かなものにすることだってできるんじゃないかと、今はそう思う。

運命、なんて言い出したら、すべてが運命なんだから。

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